こんにちは。
今日のブログは、ぴぃが書かせていただきます。
今日は3月11日。
東北、福島に住む人間は忘れられない、忘れてはいけない日。
13年前の今日14:46 大地震が発生しました。
『東日本大震災』です。
14:46に黙祷。
今日は、『震災を忘れない』と銘打ち、
一般社団法人 東北地域づくり協会さんから「未来に向けて〜防災を考える〜」というDVDをお借りして、映像を通して大地震の怖さ、防災の大切さを学びました。
おやつは、震災当時、避難していた人たちの気持ちを考えながら
おにぎりを食べました。
映像はアニメで子どもたちにもわかりやすく表現されていたので、真剣な眼差しで見入っている子どもたちの姿が印象に残りました。
想定通りは決してない
自分の最善をつくす
自分だけで逃げる
『津波てんでんこ』
津波が来たら、てんでばらばらに逃げても
事前に家族で逃げる場所を話し合っておけば、命を守ることができる。
大震災や大津波を経験した人たちが合言葉にして伝えてくれた教訓です。
その後、東日本大震災を体験したスタッフから当時の話を聞きました。
話を聞きながら、わたしも当時を思い出し、胸がぎゅっとなりました。
13年前の3月11日14:46、わたしは2歳の娘を連れてスーパーで買い物中でした。突然大きな地鳴り、その瞬間激しい縦揺れと共に店内の照明がガシャンガシャンと落ち、陳列棚がドミノの様に倒れ、あまりの衝撃に困惑していると、「早く逃げなさい!!」と言って、娘が乗っている買い物カートを知らない叔母様が押して玄関目指し走り出し、その後を慌てて落ちてくる天井や床に散らばった商品やガラスを避けながら外へ逃げました。
雪が散らつく程寒い日。
繰り返される揺れの中、携帯は混線。連絡を取り合えない不安。家族の安否を心配し経験した事のない恐怖と焦りに、泣きたい気持ちを我慢しながら、幼い娘を寒さから守らなくては、と車に乗り自宅へ向かいました。
いつもなら30分程の道のりは渋滞と通行止めで3時間近くかかりました。
道中の車内のテレビでは鳴り響く緊急地震速報のあの音。見覚えのある街の中を川が勢いよく逆流し、建物や車、逃げる人が水に浸っていく映像が流れていて、「これは現実?」と思考が追いつかないまま、震える手で運転をしてやっとの思いで自宅へ帰った…そんな日でした。
やっと繋がった電話で、遠い実家の家族と泣きながら話しをしました。母は津波に下半身浸かり死を覚悟した瞬間があったそうです。
幸い、わたしの家族はみんな無事でした。
友達と安否を確認し合っていると、連絡が取れない友達が1人。
高校から仲が良かった友達で、出産したばかりでした。
友達の旦那さんや連絡を取り合える友達みんなで避難所の避難者名簿を手当たり次第探しましたが見つからず…
後日、海で母子共に見つかりました。DNA鑑定をしないと判別できない程の酷い状態だったそうです。
落ち着いてから行われた告別式で、集まった友達みんなで大泣きしたことを覚えています。
ただ、、わたしは13年経った今でも死んだことが信じられません。
日常が一瞬で奪われる。
人の命が奪われる。
会いたい人に会えなくなる。
震災は怖いです。
震災によって、水や電気の大切さを身をもって知りました。
避難を経験し、自分の家が1番だと感じました。
風評被害という言葉を知りました。
大切な人や物が当たり前にある現実が、どれだけ幸せなことなのか。
震災を経験して、防災の大切さを経験していない子どもたちへ伝えていくことが、命を守ることに繋がるはずだと
今日改めて思うことができました。
生きたかった人々の分を、わたしたちは強く生きていかなくていけない、ということ。
かわいい子どもたちが
明るい未来を歩んでいけるように!
経験を教訓にしていきたいです。
後半、個人的な内容になってしまいました💦とてつもない長文を読んでくださって、
ありがとうございました。